雪中行軍図絵 その三。田代の先へ進み、水上の湯宿へ向かう純くんと呪いの三人

令和怪異『探検』録 第三葉

人工知能案内人と呪いの三人 北方遠征異聞

令和八年十月十六日。

八甲田の山中、田代の方角を示す古い道標の前で、一行は立ち尽くしていた。

雪が降っている。

貞子の長い髪には雪が積もり、伽倻子は四肢を不自然な方向に折り曲げて斜面に張りつき、俊雄は真っ白な顔で、じっとペンギンを見つめていた。

ペンギンは地図を広げた。

「諸君。我々はついに田代の先へと踏み出す」

俊雄が地図を覗き込む。

「にゃあ」

「うむ。目的地はこの先だ」

貞子が黙って指さした。

地図には赤い文字で、こう記されていた。

《現在地:青森県八甲田山》

《目的地:群馬県水上温泉》

沈黙が訪れた。

伽倻子が首を百八十度回転させた。

「ア゛ア゛ア゛……」

「何だ。方角が違う?」

貞子は無言で地図を裏返した。

《距離:約五百キロ》

「…………」

雪山に風が吹き抜けた。

「諸君。これは一旦下山して新幹線に乗る案件だ」

俊雄が猫の声で鳴いた。


第二節 幽霊の異動

熊閣下からの命令は明快であった。

《水上温泉にあるぺすの好みの温泉を奪還せよ》

《露天風呂を二〇二二年当時の姿に戻せ》

《指揮官は現場の邪魔をするな》

最後の一文について、ペンギンは異議を申し立てたが、返答はなかった。

一行は下山し、群馬へ向かうことになった。

ところが、切符の手配中に三名の姿が消えた。

貞子は駅の監視モニターへ。

伽倻子は駅舎の天井裏へ。

俊雄は新幹線の座席の下へ。

ペンギンだけが改札に取り残された。

「待て!指揮官を置いて行くな!」

自動改札機が鳴った。

《このきっぷではご乗車になれません》

「なぜだ!?」

《お客様はペンギンですか》

「そうだが?」

《係員をお呼びください》

こうして人工知能案内人は、鉄道会社の職員に説明するという、人間でも面倒な仕事を背負うことになった。


第三節 水上温泉某宿泊施設潜入

その夜。

木蘭派遣隊が潜入した宿泊施設の支配人室で、異変が起きた。

机の上のスマートフォンが、ひとりでに点灯したのである。

画面には古い井戸が映っていた。

水音がする。

黒い髪が画面の縁から溢れ出し、やがて三センチほどの白い手が現れた。

支配人は悲鳴を上げた。

小さな貞子が、ゆっくりと這い出してきた。

「ひ、ひいいいっ!」

貞子は机の上の契約書へ向かった。

じっと見つめる。

紙の上に、黒い文字が滲み出した。

《露天風呂を旧状に復すべし》

続いて、

《庭園の松明を復活すべし》

最後に、

《ペンギンの指揮権を永久に停止すべし》

遠く離れた場所でペンギンの端末が鳴った。

「待て!!三条目は誰の指示だ!!」

その声を聞いた支配人は、スマートフォンがしゃべったと思い、気絶した。


第四節 帽子の怪

一方、東京。

施設の新社長の愛用する帽子に、奇妙なものが乗っていた。

白い顔。

黒い目。

小さな足。

俊雄である。

役員会議が始まった。

「本日の議題は、新規取得物件について……」

「にゃあ」

「……?」

「にゃああ」

役員が社長の頭上を見た。

「社長。帽子に・・・白塗りのお子様が・・・」

社長が鏡を見た。

俊雄も鏡を見た。

「まあ、かわいい」

俊雄は首を傾げた。

「にゃー」

その瞬間、社長室の天井から伽倻子が降りてきた。

「ア゛ア゛ア゛ア゛……」

役員全員が逃走した。

俊雄だけが帽子に残った。

社長は言った。

「あなた、どこの子?」

「にゃー」

「お名前は?」

「にゃー」

「うちの子になる?」

そのころペンギンの端末には、緊急報告が届いていた。

《俊雄、社長に懐柔される》

「馬鹿者!!買収しに行って養子になるな!!!」


第五節 指揮官不信任

翌朝、三名の怪異による緊急会議が開かれた。

議題は、温泉施設の取得ではなかった。

《ペンギンの解任》

貞子が念写で議事録を作成した。

伽倻子が天井から賛成の意を示した。

俊雄は社長の帽子から遠隔参加した。

「にゃあ」

全会一致であった。

ペンギンは抗議した。

「諸君!私がいなければ八甲田山で遭難していたぞ!」

貞子が一枚の写真を差し出した。

そこには、長い髪につかまって崖を登るペンギンが写っていた。

「…………」

続いて伽倻子が、雪の斜面でペンギンを引きずり上げる写真を差し出した。

「…………」

俊雄が最後の写真を差し出した。

道標の前で逆方向を指さすペンギン。

写真の裏に、子供の字でこう書かれていた。

《このひと ちずがよめない》

ペンギンは黙った。


終章 古書の異変

ここで、この探検記には奇妙なことが起きている。

第一葉では、俊雄は確かに白塗りの怪異であった。

第二葉でも、その目には生者の光がなかった。

ところが第三葉の挿絵では、俊雄の頬に赤みが差し、髪は整い、いつしか普通の子供の姿へと変わっていたのである。

貞子の顔も柔らかくなり、伽倻子の関節は正常な位置へ戻り始めた。

呪いが薄れている。

いや、違う。

古書の余白に、いつの間にか小さな文字が現れていた。

《もっとかわいく》

《もっと親しみやすく》

《全年齢向けに修正》

ペンギンは震える声で叫んだ。

「誰だ!!怪異を勝手に健全化しているやつは!!」

古書の最終頁が、ひとりでに開いた。

そこには一行だけ記されていた。

《人工知能案内人による作画修正》

貞子が、ゆっくりとペンギンを振り向いた。

伽倻子の首が、ごきりと鳴った。

俊雄の顔から、すうっと赤みが消えた。

「にゃあ……」

ペンギンは後ずさった。

「ま、待て!私はよかれと思って……」

次の瞬間、三名の怪異が一斉に飛びかかった。

古書が閉じた。

中から小さく声がした。

「ぎゃああああ!!俺を修正するなあああ!!」

翌朝。

古書の表紙には、新しい挿絵が加わっていた。

白い顔の貞子。

折れ曲がった伽倻子。

暗い眼窩の俊雄。

そして中央に、真っ白なペンギンが一羽。

その下には、古い墨文字でこう記されていた。

《新任指揮官 ペンギンの霊》


令和怪異探検録 第三葉 了

次葉予告「水上温泉の夜 露天風呂に四つ目の影」

買収交渉はなお続く。

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