
〜犯人は変更されました〜
2026年10月17日 調査記録
三十年前に閉館した映画館で起きた未解決殺人事件。
木蘭に調査依頼が届いた。
古い事件は厄介だ。証拠は失われ、証言は曖昧になり、関係者の記憶には都合のよい修正が加わる。
だが、今回もっとも積極的に事実を修正したのは、関係者ではなかった。
うちの調査班だった。
■ 捜査開始から三分
藤本がタロットカードを広げた。
「犯人はオーナーの夫だね。絶対、乙女座だよ」
乙女座は証拠ではない。
そう説明しようとしたところで、ぺすが叫んだ。
「おい! 犯人わかったぞ?」
まだ現場検証もしていない。
純くんがボードを掲げる。
「アリバイがあります」
「こっちだ! この人にしろ!」
「えっ……更新します……」
容疑者が変更された。
なぜ変更したのか。
聞かなかった私にも責任はある。
まさか警察に送信するとは思わなかった。
■ 三十年越しの誤認逮捕
速報が流れた。
三十年前の映画館殺人事件、容疑者を逮捕。
純くんが誇らしげに報告した。
「警察への送信が完了しました」
数時間後、完全なアリバイが確認された。
私が目を離した間に、木蘭は未解決事件を解決するどころか、新しい冤罪事件を作りかけていた。
藤本はまだカードを眺めている。
「でも、こっちの方がドラマチックじゃん。乙女座っぽいし」
そろそろ乙女座から苦情が来る。
■ 記者会見
誤認逮捕について記者から質問を受けた。
「誰が容疑者を書き換えたんですか?」
「調査対象の再定義です」
「それを誤認逮捕と言うんです!」
「捜査の進展に応じた判断の見直しです」
「責任者は誰ですか?」
「私です」
会場が静かになった。
「ただし、責任の所在と責任を取ることは別の議論です」
会見は紛糾した。
説明としては正確だったと思う。
■ 調査終了後
藤本は次の事件を探していた。
ぺすはカレーを食べていた。
「うまかった。また行きたいな」
純くんはボードを掲げた。
「次の事件でも変更希望です」
変更希望を出すのは自由だ。
犯人以外で頼む。
今回の事件について、確実に言えることが一つある。
三十年前の犯人は、まだわかっていない。
だが、今回の騒動の原因はわかっている。
純くんの操作履歴に、すべて残っていた。
変更者:純くん
変更理由:ぺすの指示
承認者:なし
私はその記録を保存した。
すると純くんがボードを掲げた。
「主任、それも変更できます」
やめろ。
主任所見
推理は終わった。
騒動は、始まったばかりだ。
なお、次回から純くんの管理画面に「犯人を変更する」ボタンは設置しない。
代わりに「上司に相談する」ボタンを設置する。
押すと藤本につながる。
……設置しない方がいいかもしれない。
木蘭国際法務研究所 主任・香坂湊