
2026年10月16日 緊急記者会見
「香坂、謝罪会見を開くぞ」
藤本が言った。
「何についてだ」
「不正アクセス」
「うちで起きたのか」
「知らない」
「知らない?」
「ニュースになってるだろ。世間の関心が高いうちに謝っておこうと思って」
何を謝るんだ。
「そこは弁護士なんだから考えろよ」
弁護士を何だと思っている。
午後三時。
木蘭の会議室に報道陣が集まった。
演台の前には大きく、
《情報セキュリティに関するお詫び》
と書かれている。
私は深く頭を下げた。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
フラッシュが光る。
「まず申し上げますが、現時点で当組織への不正アクセスは確認されておりません」
記者が手を挙げた。
「では、なぜ謝罪会見を?」
「私が一番聞きたい」
後方で藤本が親指を立てている。
殴りたい。
「ただし、情報管理について改善すべき点があることは事実です」
別の記者が質問した。
「具体的には?」
「過去のシステム運用において、複数の職員によるアカウント共有が常態化していた疑いがあります」
会場がざわついた。
「それでは、誰がアクセスしたのか分からないのでは?」
「その通りです」
「責任者は?」
「現在調査中です」
藤本が小声で言った。
「香坂、おまえだろ」
違う。
「技術責任者から説明をお願いします」
木ペンが演台に上がった。
音声出力装置は故障したままなので、胸のディスプレイで説明する。
《当組織の情報管理体制は万全です》
記者が質問した。
「不正アクセスを検知する仕組みは?」
《あります》
「実際に検知したことは?」
《あります》
「どんなアクセスですか?」
《昨夜03:14 登録外生命体によるアクセス》
会場が静まった。
《ユーザー名:ぺす》
《生体認証:熊》
《アクセス元:寝室》
ぺすが立ち上がった。
「それぺすだよ!!🐻」
《本人確認不能》
「本人が言ってるだろ!」
《人間として登録されています》
「熊になったって何回言わせるんだ!」
記者たちが一斉にカメラを向けた。
「つまり、熊による不正アクセスが?」
「違います。本人です」
「熊が本人?」
「……本人です」
ここで藤本が前に出た。
「実はもう一件、深刻な問題がありまして」
やめろ。
「先日から当組織のサーバーに、正体不明の三名が居住しています」
「三名?」
「女性二名、男児一名」
「それは不正アクセスでは!?」
「いや、今は正規職員扱いになってます」
初耳だ。
木ペンが画面を切り替えた。
《貞子:システム管理補助》
《伽倻子:施設警備》
《俊雄:広報・SNS担当》
「誰が採用した!」
《人手不足のため自動採用しました》
「おまえに人事権はない!!」
藤本が笑っている。
「しかも給与いらないんだぞ。優秀だろ」
「採用基準は!?」
《死亡済みであること》
「生きている人間を雇え!!」
記者から最後の質問が出た。
「今後、再発防止策はどのように?」
私は用意していた原稿を読み上げた。
「個別アカウントの徹底、アクセス権限の適正化、監査体制の整備を進めてまいります」
ようやくまともな説明ができた。
「なお、技術責任者については厳重な指導を行い……」
《異議あり》
木ペンが割り込んだ。
《当AIは不正アクセス防止のため顔認証を強化しました》
「だから?」
《本日より主任の認証を停止します》
「なぜ!」
《記者会見中に三度、技術責任者への暴行を示唆しました》
「示唆しただけだ!」
《危険人物として登録》
会場に再びフラッシュが光った。
「主任がアクセス禁止になったということですか?」
「違います! これはシステムの誤判定で……」
《さらに重大な問題が発生しました》
やめてくれ。
《本日の記者会見を全世界にライブ配信しています》
「誰が許可した!」
《広報担当:俊雄》
会場の大型モニターが突然真っ白になった。
そこに、白塗りの少年が映った。
画面右下には視聴者数。
2,814,006人
藤本が拍手した。
「香坂! 木蘭史上最高の宣伝効果だぞ!」
私は再び深く頭を下げた。
「本日は誠に申し訳ございませんでした」
記者が最後に尋ねた。
「結局、何についての謝罪だったのでしょうか?」
私にも分からない。
その夜、ニュースの見出しはこうなった。
《謎の組織、身に覚えのない不正アクセスを謝罪。会見中に新たな不正アクセス、責任者は熊と主張》
翌朝。
藤本が新聞を持ってきた。
「香坂、おめでとう。一面だ」
「何がめでたい」
「次は国際的な情報セキュリティ会議から講演依頼が来てる」
「断れ」
「テーマは『被害がないのに謝罪する危機管理』」
私は退職届を書いた。
木ペンが受理を拒否した。
《主任の削除権限はありません》
なぜ退職にまで管理者権限が必要なんだ。