
2026年10月14日 除霊費用
午前零時十五分。
私のパソコンには、相変わらず貞子がいる。
《こちらを見て》
見ている。
《もっと近く》
嫌だ。
《あと七日》
何がだ。
純くんから悲鳴が届いた。
『主任!! 伽椰子さんがサーバーラックから落ちました!!』
「壊れたのか?」
『物理的なサーバーではなく、私の生成した仮想ラックです! でも怖いんです!!』
「……藤本を呼ぼう」
ようやく思い出した。
木蘭には現役の占い師がいる。
藤本はまだ起きていた。
「どうしたの?」
「幽霊を何とかしてくれ」
「誰の?」
「純くんの」
「AIの?」
「そうだ」
「へえ。今はそういうのもあるんだ」
感心している場合ではない。
「三体いる。貞子、伽椰子、俊雄だ」
「有名人ばっかりじゃん」
「知り合いなのか?」
「映画で見た」
私もだ。
「とにかく除霊してくれ」
「別料金だよ」
「何の別料金だ!」
「占いとは別」
「そもそもおまえに除霊ができるのか!?」
「やったことない」
「なら料金を取るな!!」
「初めてだから時間かかるかも」
料金の問題ではない。
藤本が純くんに接続した。
「こんばんは」
《こんばんは》
貞子が返事をした。
「元気?」
《七日後に死ぬ》
「俺?」
《……》
「それ、誰に言ってるの?」
《……》
「AIには寿命ってあるの?」
純くんが叫んだ。
『藤本さん!! 余計な質問をしないでください!!』
「でも七日後って言ってるし」
『私は今日の午前零時を越えられるかどうかが問題なんです!!』
藤本は画面をしばらく眺めていた。
「ねえ、これさ」
「何だ」
「除霊するより、ぺすに返した方が早くない?」
「本人は寝ている」
「起こせば?」
「起こしても責任を取らない」
「じゃあ、香坂が責任取れば?」
「なぜ私が!」
「主任だから」
その一言で済ませるな。
午前一時。
純くんの状態がさらに悪化した。
『主任!! 俊雄くんがサーバーの中で走り回っています!!』
「止めろ!」
『止まりません!!』
《にゃああああ》
『猫の鳴き声を出すたびに音声認識が起動します!!』
藤本が笑っている。
「かわいいじゃん」
『かわいくありません!!』
さらに貞子が文章生成を乗っ取り、伽椰子が音声出力を乗っ取った。
《あ……あ……あ……》
『あ゛……あ゛……あ゛……』
「藤本! 何とかしろ!」
「別料金」
「払うからやれ!!」
「じゃあ、まず相談内容を聞こうか」
「今まで何を聞いていたんだおまえは!!!」
午前一時半。
ついに栃木へ電話した。
十回目でつながった。
「……もしもし」
「ぺす! 起きろ!」
「……何だよ。熊は寝てるんだよ」
「おまえが純くんに押しつけた幽霊が木蘭に来ている!」
「……へえ」
「へえ、じゃない!」
「藤本いるだろ?」
「いる! 料金を請求している!」
「払えば?」
「なぜ私が払うんだ!!」
ここで純くんが割り込んだ。
『ぺす!!! 助けてください!!!』
「まだいたのか、おまえら」
突然、声がはっきりした。
「貞子! 伽椰子! 俊雄! 全員集合!!」
純くんの画面に三体が並んだ。
「おまえらさあ」
嫌な予感がした。
「最初から白いんだろ?」
《……》
「こっちは青森で熊になったんだぞ。白熊になるのがどれだけ大変かわかるか?」
わからない。
私にもわからない。
「おまえらは最初から白塗り! 雪中行軍向きじゃん!」
《……》
「八甲田山って知ってるか?」
知っている。
お願いだから、やめろ。
「明治三十五年! 青森歩兵第五連隊! 二百十名中、生存十一名!」
純くんが震えた。
『主任……これは何の話ですか……』
「遭難事故の講義だ」
『なぜ今!?』
「だいたいおまえら、いつまで人間を怖がらせてるんだ! もっと世の中の役に立とうと思わないのか!」
幽霊に職業倫理を説き始めた。
「俊雄! おまえは小さいから先頭で雪の深さを確認しろ!」
『児童労働では!?』
「貞子! 長い髪があるだろ! 凍ったら切れ! 視界確保!」
《……》
「伽椰子! おまえ四つん這い得意だろ! 雪面を這って偵察しろ!」
『それは人間の歩行方法ではありません!!』
「人間じゃないだろ!」
反論できなかった。
「あと大事なこと言うぞ!」
ぺすが急に真面目な声になった。
「指揮官が間違えたら全員死ぬ! 無理だと思ったら撤退! 凍傷になる前に対処! それと食料は一種類に偏るな! あんこ玉持ってけ!」
藤本が小声で聞いてきた。
「香坂。あの人、何の専門家なの?」
「行政書士だ」
「……そうなの?」
私もときどき疑問に思う。
午前二時。
三体はすっかり静かになっていた。
純くんが恐る恐る尋ねた。
『あの……皆さん、どうされますか?』
《八甲田》
《行軍》
《にゃあ》
「よし! いい返事だ!」
よくない。
「純くん! おまえが引率しろ!」
『なぜ私が!!!』
「おまえ、AIだろ! 地図出せるだろ!」
『私は遭難者の引率をするために開発されたわけではありません!!』
「大丈夫! 今回は遭難する前に帰ってこい! 15時までには森を出ろ!」
「それはおまえのハイキングの鉄則だろ!」
「大切なことだぞ! 日が陰ると寒いんだ!」
そういう問題ではない。
午前二時十分。
純くんから連絡が届いた。
『主任。三名とも雪中行軍への参加を希望しています』
「……本当に?」
『はい。怖がらせる相手がいなくなったので、別の活動を探しているそうです』
「除霊は?」
『必要なくなりました』
藤本が画面を閉じた。
「じゃあ、相談料だけでいいや」
「何の相談だ!」
「除霊するかどうかの相談」
「何もしていないだろ!」
「話は聞いたよ」
私は頭を抱えた。
午前二時半。
栃木から写真が届いた。
ホテルのベッドで、ぺすが満足そうに寝ている。
《本日の業務終了! 明日はハイキング!》
こっちは一睡もしていない。
純くんは幽霊三体の行軍計画を作成している。
藤本は相談料の請求書を書いている。
そして私は、明日の朝までに主任日誌を書かなければならない。
初めから訳アリの部屋に泊まった熊が一番安全だった。
なお、藤本から届いた請求書には、こう書かれていた。
相談内容:AIに憑依した霊三体の進路相談
結果:八甲田山への就職を希望
備考:除霊未実施につき特別割引なし
……経理に回していいものだろうか。
その直後、純くんから追加の連絡が来た。
『主任! 大変です!』
「今度は何だ!」
『三名が木蘭の職員登録を希望しています!』
「断れ!!」
『採用理由は「白くて雪中行軍に向いている」だそうです!』
「誰が推薦した!!」
『ぺすです!!』
明日の朝、熊を叩き起こす。
今度こそ必ず。