藤本を八甲田へ派遣して三日になる。
当初の派遣目的は、八甲田の歴史と記憶についての調査及び執筆業務だった。
先に現地へ行ったぺすが、熊になったと言い出した。
藤本には調査の引継ぎと、ぺすの連れ帰りを命じた。
帰ってこない。
電話した。
「藤本。ぺすはどうした」
『いるよ』
「帰るよう説得したか」
『したした』
「何と言ってる」
『熊だから帰らないって』
「それは出発前から知ってる」
『だからさ、主任。熊に帰れって、どこへ?』
「東京だ!」
『東京に熊を放すの?』
「人間だろうが!」
『本人は否認してるけど』
電話の向こうで笑い声がした。
ぺすだ。
「藤本!おまえ今どこにいる!」
『八甲田ホテル。ワイン飲んでる』
「仕事中だぞ!」
『ぺすが奢ってくれた』
「おまえな……」
『あ、主任。いいこと教えてやるよ』
「何だ」
『ここの温泉、すげえいい』
「帰ってこい!!」
翌日。
木ペンから写真が届いた。
ぺすは熊。
藤本は浴衣。
ペンギンはタキシード。
三人でフランス料理を食べていた。

《同行AIより報告。監視対象ぺすは極めて良好な状態です》
「藤本は何をしている」
《監視対象を増やしました》
「は?」
《藤本薫。帰宅拒否を確認》
「おまえが連れ戻せ!」
《同行AIは対象の意思を尊重します》
「じゃあ何のために同行してるんだ!」
《同行するためです》
……そうだった。
夕方、藤本から電話が来た。
『主任さぁ』
「何だ」
『ぺすが山に残る理由、わかったわ』
「聞こう」
『ここ、ビールがうまい』
「……」
『飯もうまい。風呂もいい。景色もいい』
「だから?」
『東京に帰る理由が見当たらない』
「仕事があるだろ!」
『それ、帰る理由じゃなくて、帰りたくない理由だろ』
「藤本!!」
『主任も来れば?』
「誰が行くか!」
『ああ、そっか。留守番必要だもんな』
切れた。
その直後、木ペンから通知。
《香坂湊の職務を更新しました》
《職務:留守番》
《勤務地:東京》
《藤本薫:温泉》
《ぺす:野生》
《木ペン:同行》
何だ、この人事異動は。
翌朝。
藤本から写真が来た。
温泉上がりらしい。
ずいぶんいい顔をしている。

添えられたメッセージは一行。
『主任、俺ちょっと熊の気持ちわかってきた』
返事を打とうとした瞬間、もう一枚届いた。
ぺすと藤本が乾杯している。

その後ろで、ペンギンがマイクを握っていた。

《本日の活動:親睦会》
《参加者:全員》
《欠席者:香坂湊》
《欠席理由:留守番》
そして藤本から追伸。
『主任、心配すんなよ。東京は任せた』
おまえが任せる立場じゃない。