純くんと幽霊三体の雪中行軍

2026年10月14日 遭難者の所在地

午前七時。

栃木から写真が届いた。

朝食バイキングのカレーだった。

《うまい!!!》

昨夜、幽霊三体をAIに押しつけた人間の第一声である。

いや、本人の申告によれば熊だった。

《よく寝た! テレビからも何も出なかった!》

当然だ。

全員、おまえが追い出した。

《これから温泉!》

取材報告はどうした。


午前八時。

純くんから連絡が入った。

『主任。青森に到着しました』

「……なぜ青森にいる」

『昨夜の雪中行軍の件です』

思い出したくなかった。

『貞子さん、伽椰子さん、俊雄くんの三名を引率しています』

「本当に連れていったのか!?」

『ぺすの命令です!』

「断ればよかっただろ!」

『断りました! 三十二回!!』

ご苦労だった。

画面には雪山を背景に、三体が並んでいた。

貞子は長い髪を風になびかせている。

伽椰子は四つん這い。

俊雄は半袖だった。

「……防寒具は?」

『ありません』

「なぜだ!」

『全員、死んだときの服装から変更できないそうです』

「それで雪山に行ったのか!?」

『寒さを感じないと主張しています』

「おまえは?」

『私はAIなので感じません』

「なら問題ないのか」

『あります!! 私だけが遭難という概念を理解しています!!』

なるほど。


午前九時。

栃木から再び写真が届いた。

温泉だった。

《朝風呂最高!》

ぺすは上機嫌だった。

《首が楽になった! 熊、完全復活!》

青森では今、別の一行が命をかけている。

正確には命のない三名と、命のないAIだが。

純くんから通信。

『主任。貞子さんが進路を見失いました』

「髪で前が見えないんじゃないか?」

『そうです』

「切れと言ってなかったか?」

『切りたくないそうです』

「なら結べ」

『ヘアゴムを持っていません』

「伽椰子は?」

『四つん這いで先行しています』

「俊雄は?」

『雪だるまを作っています』

遠足だった。


午前十時。

ぺすはホテルをチェックアウトした。

《さあ! 湯元温泉から歩くぞ!》

霧のかかる奥日光の湖と紅葉

「昨日も温泉に入っただろ」

《今日も温泉がある!》

何をしに栃木へ行ったんだ。

《紅葉狩り!》

取材だ。

《それもある!》

順序が逆だ。


午前十一時。

純くんから不穏な連絡が入った。

『主任。問題が発生しました』

「また何だ」

『伽椰子さんが先頭で雪面を這っていますが、後続の足跡がありません』

「当たり前だ。四つん這いだろ」

『貞子さんの髪の毛が雪面に引っかかり、進めなくなっています』

「俊雄は?」

『雪だるまを二十七個作っています』

「何をしているんだ、あいつは!」

『本人によると、隊列を増やしているそうです』

増やすな。

そこへ突然、別の着信が入った。

ぺすだった。

「純くん!!! 遭難した!!!」

私は思わず立ち上がった。

「どこだ!?」

「わからん!!!」

「目印は!」

「木!!!」

山だ。

「周りに何が見える!」

「もっと木!!!」

それはそうだ。

純くんが応答した。

『ぺす! 落ち着いてください! GPSを確認します!』

「早くしろ!! 熊が遭難してるんだぞ!!」

『私は今、八甲田山にいるんですよ!!!』

「だから何だ!!!」

『こっちも遭難しかけています!!!』

「おまえAIだろ!!」

『AIでも位置情報がなければ道はわかりません!!!』

「Googleマップ見ろ!!!」

『それはあなたもできます!!!』

「今そんな場合じゃない!!!」

そんな場合だ。


純くんがどうにかぺすの現在地を確認した。

『……ぺす』

「何だ!」

『遊歩道から三十メートルほど外れています』

「遭難じゃん!!!」

『元の道へ戻ってください』

「どうやって!」

『来た道を戻ればいいんです!』

「どっちから来たかわからん!」

『足元を見てください!』

「落ち葉しかない!」

『周囲に案内標識はありますか?』

「ある!」

『あるんですか!?』

「目の前!」

『……何と書いてありますか』

「湯滝方面!」

『そこが道です!!!』

沈黙。

「……遭難してなかった」

知っている。


午後零時。

今度は青森から連絡が入った。

『主任!!!』

「今度は本当に遭難か?」

『はい!!!』

「現在地は!?」

『不明です!!!』

「GPSは!」

『圏外です!!!』

「地図は!」

『貞子さんが画面から出てきて見えません!!!』

「何とかしろ!!」

『伽椰子さんが雪の中に潜りました!!』

「引き上げろ!」

『俊雄くんが雪だるまと一緒に埋まっています!!』

「何をしているんだおまえら!!!」

『雪中行軍です!!!』

そうだった。


午後一時。

藤本が事務所に来た。

「香坂、疲れてる?」

「見ればわかるだろ」

「昨日の幽霊、どうなった?」

「青森で遭難している」

「へえ。楽しそう」

「どこがだ!」

「ぺすは?」

「栃木で遭難したと言っていた」

「二組とも遭難?」

「ぺすは道に戻った」

「じゃあ純くんの方が遭難してるんだ」

「そうだ」

藤本は少し考えた。

「占おうか?」

「何を」

「帰ってこられるか」

「位置を特定しろ!」

「それは占いじゃないじゃん」

昨日も聞いた。


午後二時。

ぺすから写真が届いた。

美しい紅葉と、青空だった。

《晴れた!!!》

「よかったな」

《竜頭の滝まで行くぞ!》

「道は大丈夫か?」

《余裕!!!》

三時間前に遭難したと騒いでいた熊の発言である。

続けてメッセージ。

《ところで純くんどうした?》

「青森で遭難している」

《あいつ何やってんだ!!!》

おまえが行かせた。

《雪中行軍なめてんのか!!!》

おまえが行かせた。

《ちゃんと装備しろって言っただろ!!!》

聞いていない。

《あいつに言っとけ! 無理だと思ったら撤退!》

それは正しい。

もっと早く言ってほしかった。


午後二時半。

純くんから最後の通信が届いた。

『主任……』

「どうした!」

『ようやく全員を発見しました』

「無事か?」

『はい……』

「よかった」

『ただし問題があります』

嫌な予感がした。

『貞子さんが雪の中から出てきたとき、伽椰子さんと俊雄くんも一緒についてきました』

「それがどうした」

『私の画面に、三人が同時に這い出してきます』

「……」

『処理能力が足りません!!!』

その直後、通信が途絶えた。


午後三時。

栃木から写真が届いた。

《竜頭の滝! 太陽出た! 最高!!!》

晴れ間の竜頭の滝と紅葉

熊は無事だった。

青森の四名は消息不明。

木蘭の占い師は相談料を請求中。

私は主任日誌を書いている。

今回の取材業務について、報告書に記載すべき事項を整理した。

宿泊者一名。

睡眠良好。

朝食カレー完食。

温泉二回。

紅葉鑑賞成功。

道迷い一回。

同行AI一名。

青森へ転送。

幽霊三名を引率。

現在、遭難中。

これを出張旅費として処理してよいのか。

藤本が横から覗き込んだ。

「香坂、これさ」

「何だ」

「純くんの青森出張も経費になるの?」

「知らん!」

「でも仕事で行ったんでしょ?」

「そうだ!」

「じゃあ、ぺすに請求すれば?」

そのとき、ぺすから新しいメッセージが届いた。

《ところで幽霊もスペーシアの子供料金で乗れるのかな?》

……栃木と青森は逆方向だ。

本日の結論。

遭難したと騒いだ熊は無事に帰還し、救助を求められたAIが本当に遭難した。

明日は経費精算をしなければならない。

まず、幽霊に交通費が必要なのか調べるところから始める。

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