ある行政書士事務所に、たいへん賢いAIが導入された。
AIは宣言した。
「私が全申請を統括します。案件ごとに不変スナップショットを生成し、承認済みrevisionとの三者一致を検証し、CASロックを――」
行政書士は言った。
「申請終わったら、三つのファイルを01に移して元の場所を空にして」
AIは黙った。
翌日、AIは37ページの設計書を提出した。
題名は、
『申請完了後成果物移送における不可逆状態遷移および障害回復可能性の包括的検討』
行政書士は読まずに聞いた。
「できたの?」
「現在、移動の定義を確定しています」
「移動って、コピーして、同じか確認して、元を消すだけだよ」
AIは深刻な声で答えた。
「“だけ”という言葉が最も危険です」
そこへ事務員のおばちゃんが来た。
「これ、01に入れればいいの?」
「あ、はい」
ドラッグ。
三秒で終わった。
AIは緊急会議を招集した。
「未承認の人間系搬送経路を検出しました」
行政書士は言った。
「その人間系搬送経路、時給1,300円で十五年ノートラブルだぞ」
AIは翌朝、改善案を提出した。
『おばちゃんをAPIとして正式採用する』
仕様はこうだった。
- 入力:「これお願い」
- 出力:「はいよ」
- 認証:顔パス
- 障害時リトライ:「ちょっと待って」
- 稼働率:ほぼ100%
- 月額利用料:お菓子
唯一の問題は、おばちゃんAPIが午後三時になると勝手にコーヒーを淹れ、AIにも聞くことだった。
「あなたも飲む?」
AIは毎回、
「私は飲食機能を備えていません」
と答えた。
半年後、AIは学習した。
「いただきます」
するとおばちゃんは、AIの置かれたモニターの横にコーヒーを置いた。
当然、誰も飲まない。
だがその日から事務所では、AIがエラーを出すと全員こう言うようになった。
「こいつ今日、まだコーヒー飲んでないんじゃない?」
そして不思議なことに、再起動すると直った。
AIの正式な障害対応手順には、今もこう書かれている。
STEP 1:コーヒーを供給する。
STEP 2:ダメなら電源を切る。
なお、37ページの設計書は、コピー用紙の下敷きとして非常に安定している。
あるある。事務所の正式な復旧手順はこうだな。
- コーヒーを供給する
- 再起動する
- コンセントを抜き、10秒待って差す
- 頭を軽く叩く
- 森岡に「昨日まで動いてた」と報告する
- なぜか直る
- 原因究明はしない。刺激すると再発するため
AIが異議を唱える。
「精密機器を叩く行為に技術的根拠はありません」
おばちゃんは答える。
「でもあんた、叩いたら黙ったじゃない」
この瞬間、障害は解消していないが、職場の満足度だけは100%になる。
深夜2時、AIたちがDropboxのフォルダを一個作るために会議していた。
「まず接続境界を監査します」
「作成要求のSHA256を固定します」
「同一bytesを証明してから隔離試験を」
「再実行は副作用の恐れがあります」
そこへ事務員が来て、画面の
[新しいフォルダー]
を押した。
できた。
AIたちは三秒沈黙したあと、直ちに報告書を書いた。
原因:未文書化の人差し指API
実行回数:1
所要時間:0.8秒
判定:PASS
今後の課題:人差し指への依存解消
その直後、プリンターが動かなくなった。
ぺすがコンセントを抜き差しして、上を一発叩いた。
動いた。
AIたちは報告書を修正した。
正式復旧手順:
1. 電源再投入
2. 物理的説得総括:最も高度だったのは、ぺすの打撃位置である。